ドイナカをかっこよく 鳥取で仲間と変える

10月11日、鳥取県八頭町の町営隼プールの壁全長70メートルに躍動感のある水しぶきが描かれた。地域の小さい子供からお年寄りまで約250人が濃淡の青ペンキを塗った。プールは90年の歴史がある地区のシンボルだ。企画したのは古田琢也さん(33)。まちづくり事業会社を称するシーセブンハヤブサ(鳥取県八頭町)とトリクミ(同)の社長だ。「新型コロナウイルスで忘れられない年だからこそみんなで集まる意味がある」

■廃校活用の貸しオフィス満室

隼プールの壁に鮮やかな水しぶきが描かれた

隼プールの壁に鮮やかな水しぶきが描かれた

八頭は緑豊かな自然とフルーツが自慢の田舎町だ。プールのある隼は水田が広がる平凡な地区。しかし古田さんら若者が活躍するひと味違うイナカだ。

象徴はシーセブンが運営する「隼Lab.(ラボ)」。2017年に廃校となった隼小学校をリノベーションし、1階はカフェ、2階は貸しオフィスに変えた。町の人口1万7000人に対しラボは19年度に12万人が来た。水しぶきを描いたプールの壁は旧校庭を挟みラボの正面にある。

貸しオフィス16室は満室だ。コロナでサテライトオフィスの需要が増え、21年3月に旧校庭の横にコンテナのオフィスを3社分設ける。いま入居する高林努さん(45)は「若い経営者が多く刺激になる」と話す。メガバンク系のシンクタンクを辞め、中小企業の電子商取引(EC)を支援する会社を立ち上げた。このほかコワーキングスペースは26社が利用登録する。

隼ラボはロゴのデザイン、カフェのメニューまで古田さんが企画した。隼小学校OBで近くに住む石崎優さん(45)は「こんなことになるとは想像できなかった」という。

■東京でデザイナーとして活躍

古田さんは「ひとりで成功するよりホーミー(仲間)と笑う方がいい」と八頭に戻った

古田さんは「ひとりで成功するよりホーミー(仲間)と笑う方がいい」と八頭に戻った

古田さんは八頭町の八東地区の出身。デザインコースのある鳥取商業高校から大阪の専門学校を経て東京の大御所デザイナー、米村浩さん(58)の事務所に入る。キリンビールなどの広告に携わり数年で独立。不動産のツクルバなどスタートアップの経営戦略にもかかわる売り出し中のデザイナーだった。

13年、東京・渋谷の事務所で古田さんの携帯が鳴った。「力を貸してほしい」。隼地区の顔役である東口善一さん(68)が、活性化のため農協支所跡を住民が集まる場にしてほしいと依頼してきた。東口さんは地元紙で古田さんが東京で鳥取の日本酒をアピールするイベントを開いているのを知り連絡した。

「いや無理だろ」。古田さんは鳥取市のレストランで東口さんの話を聞きながら断る言葉を探していたが、親友の声を思い出した。「ずっと鳥取に残っている俺らはさみしい」。仲間の集まる場所をつくれるかもしれない。

■「飲食店やるけ」「おう、やる」

「飲食店やるけ」。古田さんは翌朝、夜勤明けで眠りこけていた中学からの親友、北村直人さん(33)の家にあがり込みたたき起こしてこう告げた。北村さんは寝ぼけたまま言い返した。「おう、やる」。これが始まりだった。

北村さんは正社員になったばかりだった電機メーカーの退社を決めた。京都で料理人をしている中学の同級生も「必要としてくれるなら」と戻ってきた。一方で古田さんは迷っていた。デザイナーの師匠の米村さんも「意味が分からない」と反対した。

デザイナーは激務だ。この先も東京で深夜まで仕事し続ける将来を想像してぞっとした。「ひとりで成功するよりホーミー(仲間)と笑う方がいい」。好きな日本人ラッパーの言葉も胸に響いた。古田さんも腹を固めた。

建物の改装費用は300万円。東口さんが銀行から借りたり、クラウドファンディングを使ったりして工面した。節約のために建物は自分たちで改装した。作業していると「こんなところに誰が来るんや?」と声をかけられる。地域住民は白けていた。

古田さんは勝算があった。極めて狭い市場を深掘りする「ピンホールマーケティング」と称する理論だ。コンセプトは「農作業の合間に長靴で入れるレストラン」。隼地区の人の取り込みにフォーカスした。壁のペンキ塗りを手伝ってもらい「自分ごと」と感じる機会をつくった。北村さんは町をぐるぐる歩き回って誰彼なくつかまえて「来てくださいね」と話しかけまくった。

■レストラン成功、次は宿

14年に開業したレストラン「HOME8823(ホームハヤブサ)」は成功した。狙い通り、地域住民がよく通ってくれた。古田さんらは15年に株式会社トリクミを設立。「今度は外需を取り込む」と動き出す。

隼はスズキの大型バイク「隼」のライダーが、同じ名前の隼の駅を目当てに集まり、祭りが開かれる聖地だ。しかし年1回の祭り以外は隼駅前で写真を撮るとすぐに立ち去る。古田さんは「滞在時間を延ばせばここを好きになってくれるはず」と考えた。

バイカーに聞き取り調査すると、「ピンホール」が見つかった。バイカー宿は宿泊代は安いが施設が古いものも多い。ビジネスホテルは宿泊代が高くバイクの扱いが雑という。中間の料金でバイクを丁寧に扱う宿はなかった。八頭は大阪からバイクで約2時間半の距離で、ツーリングに最適だ。

東口さんに築50年ほどの空き家を紹介してもらい、ゲストハウスに改装した。売りは、広い芝生の庭の一端に設けたバイクのガレージだ。縁側から見ると昼は背景となる水田の稲、夜はガレージのライトが車体を引き立てる。

■「つくりたかった景色だ」

山田さんは様々な人が交流するゲストハウスが夢だった(BASE8823で)

山田さんは様々な人が交流するゲストハウスが夢だった(BASE8823で)

宿の経営も初めて。だが、古田さんは任せる仲間に心当たりがあった。東京で会社員をしていた中学の後輩、山田景さん(32)だ。

山田さんは外国人客が多い東京・蔵前のゲストハウスが好きで、併設のカフェによく通っていた。東京の生活は充実していたが、どこかしっくりこなかった。「野心をもって働きたい」。そこに古田さんの声がかかる。「宿をやらないか」

こうして16年、ゲストハウス「BASE8823(ベースハヤブサ)」が開業した。関西や関東からバイカーがやって来て、バイク談議に花を咲かせる。手ぶらで来て庭でバーベキューできるため地域の人も利用する。

「こちらの方は東京から来たそうですよ」。山田さんは客同士が打ち解けるきっかけをつくる。あるとき店内を見渡すとバイカー、バックパッカー、地域の人が思い思いに楽しんでいた。「俺がつくりたかった景色だ」

■子どもが働きたくなる場所を

諸岡さん(右)は東京の大学を出てイナカで成長をめざす(隼ラボの日曜マーケットで)

諸岡さん(右)は東京の大学を出てイナカで成長をめざす(隼ラボの日曜マーケットで)

仲間が集まる場所はできた。次は八頭の子どもが働きたくなる場所をつくりたい。隼小学校跡の民間運営を町に提案し、鳥取にゆかりのある企業に出資を頼んでトリクミと別にシーセブンを設立し、隼ラボを開業した。

人を引きつけた。シーセブン社員の諸岡若葉さん(27)は17年の隼ラボ開業日に訪れ、転職を決めた。月1回、出張店舗が集まる「日曜マーケット」の切り盛りや貸しオフィスの管理などを手がける。

諸岡さんは宮崎県出身。東京の大学を卒業しスタートアップの集まる岡山県西粟倉村で働いていた。「東京で楽しいのは当たり前。八頭に根を張って成長したい」と話す。

■「ここはお客が必ず戻ってくる」

快進撃を続けてきた古田さんらにも新型コロナウイルスが襲いかかる。トリクミは大きく投資して4月に鳥取大丸(鳥取市)にレストランとカフェを開いたばかりだったが、客足がピタリと止まった。ゲストハウスも4月から3カ月営業を中止。レストランの「HOME8823」などは売り上げが通常の2割に落ち込んだ。

支えたのは地域だ。レストランとカフェのテークアウトを3食買う地域住民もいた。隼ラボ1階のカフェ「San」の店長、森下愛子さん(30)は「ここはお客が必ず戻ってくるけ、と励まされて泣きそうになった」と話す。古田さんにも地元銀行が利払い負担の軽い無利子融資への借り換えを提案してくれた。

変化を望まない傾向があるイナカは「信頼する仲間がいないと周りの反対や否定を乗り越えられない」。こう語る古田さんは高校時代にラッパーとして活動した。「レペゼン~」と称して地元を誇り、地元の仲間を大切にするのがヒップホップの文化。古田さんとホーミーの繰り出すリリック(歌詞)はまだ序盤だ。

=つづく

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