空き家で自分らしい生き方を 被災地と都市つなぐ

合同会社巻組代表 渡辺享子

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小高顕撮影

宮城県石巻市。中心部から外れた砂利の駐車場の裏手に木造の平屋建てがある。築年数は推定70年。草が生い茂り、斜面の上にあるため通りかかっただけでは目につかない建物の中で、2人の職人がそれぞれ合板と洋裁による創作活動に打ち込む。

合同会社の巻組(石巻市)は、資産価値がほとんどなくなった空き家を改修し、住居やアトリエとして再生させる事業を手がける。収入が不安定だったり、活動場所に悩んだりしている芸術家や起業家に貸し出し、生活の足がかりを提供する。代表を務める渡辺享子(33)は「空き家を使って新しいライフスタイルをつくり出す」と語る。

2015年に設立した。低価格で買い取ったり借り上げたりした空き家に手を入れ、入居者からの家賃収入を得る。東京など都市部の人材向けにワークショップや市民大学を開き、情報発信や育成を通じて石巻に人が向かう仕組みをつくった。これまで35件の物件を改修し、100人以上に貸し出した。

「格好いい家を造りたいわけではない」。そう話す渡辺がこだわるのは、古い家屋で入居者が自分らしい生活を営むことだ。レイアウトや内装を変更するのは入居者の自由。「芸術家や起業家は制約がある方が思考が広がる」というのが持論。都会にはない新しい生き方を見つけてほしいという思いを込める。

埼玉県上尾市に生まれた。両親や祖父は銀行員で「安定した家庭だった」。子どもの頃はじっとしているのが苦手で、学校の先生によく怒られたという。人目につかない路地に入り、自分だけが知っているような空間を見つけるのが好きだった。

06年にお茶の水女子大学に進学したものの、当初はやりたいことが見つけられずアルバイトに明け暮れていた。趣味は稼いだお金で行く海外旅行。大学2年生の時にスペインのバルセロナを訪れたことが転機となった。狭い道や古い家が多く残るのに、一つの街としてデザインが成り立っている。路地裏には芸術家たちが集まり、自分たちの居場所を確立している。https://players.brightcove.net/4504957054001/Bk80gmC6_default/index.html?videoId=6199136209001

自らまちづくりに関わりたい。そう思い描き、行動に移した。東京工業大学の大学院に進んで都市工学を専攻した。

建築企画の研究室に入り、空き家の活用法を研究した。本当にやりたいことに出合えたと思う半面、就職となると具体的なイメージがわかない。同僚たちが研究とは全く関係ない大企業を選ぶことにも違和感を覚えていた。もやもやした気分を抱えて就職活動に臨んでいた11年3月、東日本大震災が起きた。

教授のつてがあり、発生直後から研究室のメンバーで石巻へボランティアに入った。驚いたのは地元の人たちの活力だ。商店街の店主たちが毎朝集まりその日の活動を確認している。行政に任せていては、いつお店を再開できるか分からない。悲しみを抱えながらも前向きに歩もうとする姿を見て奮い立った。

渡辺は「被災地は、やらなければならないことばかりだった」と振り返る。東京でやりたいことを見つけられなかった自分の甘さを痛感した。目をつけたのは住居の不足だ。せっかくボランティアが来ても滞在する場所がない。住宅地図を広げ、考えた。一軒一軒回るとまだ住めるのに、放置されている家が多いことに気づいた。大家さんから借りて修繕したところ、すぐに入居希望者が現れた。「ビジネスになる」と感じた。

打ち合わせではスケッチを書いて、今後のイメージをスタッフと共有する

渡辺が大事にしているのが入居者と地域の関わりだ。月1回、芸術家の創作物と、地元住民が持ち寄った家電や食器などを交換する「物々交換市」を開く。食べ物をお裾分けしてくれたり、様子を気にかけてくれたりする近所の人が増え、新しい地域コミュニティーが生まれているという。「石巻の人は震災をへて助け合うことに慣れている上、手助けすること自体が生きがいになる」と指摘する。

地元の子どもたちが創作に関心を持ったり、高齢者が自作の装飾品を披露したり。入居者と地元の双方にとっての好循環が動き始めたという手応えを感じている。細くても息長く、地域とともに続く事業にしたい。地域との共生をめざすなかでこそ「消費の価値観を変える新しい経済活動が生まれている」と信じている。空き家を重荷とするのではなく、自然と人が集まる空間にする。被災地発のゲームチェンジを追求する。

(敬称略) ▼1987年、埼玉県上尾市で生まれる。小中学生時代は集団行動が苦手だった。

 ▼18歳、浦和第一女子高で合唱部に所属した。全日本合唱コンクールで優勝し、チームワークや一つのことに打ち込む大切さを学ぶ。

 ▼23歳、まちづくりに関心を持ち東工大大学院に進学。広島県尾道市など西日本各地を回って空き家の活用法を研究した。

 ▼24歳、就職活動に悩んでいたころ、東日本大震災が発生した。研究室のメンバーと石巻市でボランティアに参加し、商店街の家に居候しながら活動した。

 ▼27歳、仲間2人とともに巻組を設立した。「デザインや設計など、自分にない能力を持つ人材が集まったからこそ事業ができた」

「家」再生、地域との関わりカギ

石巻では震災の当初こそ住宅不足に陥ったものの、政府の復興支援などで約7000戸を新築した。住宅不足が解消するにつれ、今度は「住宅の需給のバランスが崩れた」と渡辺は指摘する。市の約7万戸の住宅数に対し、約1万3000戸の空き家があるという。

巻組も設立当初は住宅の供給に重点を置いた。現場の状況の変化に応じて、その軸足を空き家を使った持続可能な空間づくりへと移した。単なる「ハコモノ」をつくるだけでなく、入居者が地域社会と交わりながら生活するための支援が不可欠と渡辺は考えている。

いま改装している2階建ての物件は、1階を就業、2階を宿泊の空間とし、都市部からのオフィスワーカーの利用を想定している。「石巻が家と職場に次ぐサードプレイス(第3の場所)となるような体験を提供する」

総務省の調査によると、全国の空き家数は18年に848万戸と10年で12%増えた。空き家はどの地方でも抱える課題。巻組は石巻でつくったモデルを他地域に展開することも検討する。カギとなる地元の人々との密接なつながりを確保できるかどうかが課題となる。

上田志晃

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