琵琶湖が「呼吸不全」 酸欠の危機、生態系に影響も

日本最大の湖である琵琶湖が「呼吸不全」に陥っている。湖面近くの水が湖底に酸素を届ける深呼吸のような現象が2年続けて止まってしまったからだ。地球温暖化に伴う水温の上昇で、水の循環が滞ったのが一因と専門家は気をもむ。このまま続くと、酸欠で魚やエビなどの暮らしに深刻な影響を与えかねない。琵琶湖はどうなってしまったのか。

約670平方キロメートルと東京23区(約627平方キロメートル)を上回る広さ。満々と水をたたえた湖面に調査船が浮かぶ。水中の酸素量や水温を調べるセンサーが下りていく。湖の北西部で水深約90メートルの7地点を3月に調べたところ、2020年も酸素量は十分に上がっていなかった。

調査した滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの岡本高弘・主任専門員は「酸素が多い表層と湖底の水が、ところによってはうまく混ざっていない」と話す。

琵琶湖のような深い湖は、春から秋に湖面近くにある表層の水が温まる。冷たい下層の水と「2層」に分離し、大気から溶け込んだ表層の酸素は湖底へ届かない。湖底では魚などが酸素を消費し、次第に酸素の量が減っていく。1リットルの湖水が含む酸素量が2ミリグラムを切ると、酸欠で生物が死ぬ危険が高まる。

その前に湖底へ1年分の酸素を供給するのが、冬に起きる「全層循環」という現象だ。気温が下がると、表層の水が冷える。比重が増して下層に沈み、表層と湖底の水が混じり合う。湖底の酸素量は表層と同じく約10ミリグラムになる。これを「琵琶湖の深呼吸」と呼ぶ。

京都大学の中野伸一教授は「例年、全層循環は1月中旬から3月中旬ごろまで続く」と説明する。だが、19年は全層循環が起きたかどうかを1979年の観測開始以来初めて確認できなかった。

温暖化などを理由に「冬に表層の水が十分に冷えず、湖底の水と混ざりにくくなる」と90年代からたびたび研究論文が懸念を示してきた。世界の平均気温は産業革命前からすでに約1度上がっている。恐れは現実になった。

19年夏以降、水深約90メートルの7地点のいくつかで酸素量が2グラムを下回った。滋賀県が投入した水中ロボットは、湖底で死に絶えたハゼ科のイサザやヨコエビの姿をとらえた。

異変は20年も繰り返した。20年3月下旬の調査でも、酸素量は8.5~9.3ミリグラム。19年よりは上がったが、全層循環を確認できなかった。

温暖化の影響が、ついに臨界点を超えてしまったのか。滋賀大学の石川俊之教授は「今は正確なことは言えない」と話す。

琵琶湖のような面積の割に水深が深い湖に、鹿児島県の池田湖がある。以前は起きた全層循環が今では珍しくなった。

石川教授は続ける。「(池田湖に倣うと)琵琶湖も臨界点を超えた可能性を考えないといけない」。現在の琵琶湖の湖底は、水温がセ氏9度を超える。20年前には6~7度だったという。表層の水も冷えにくくなったに違いない。「かつての琵琶湖の姿ではなくなっている」

重い肺炎で体に酸素が行き届かなくなった患者を診る医療現場のように、琵琶湖の急変に専門家の心はざわつく。

岡本主任専門員は「全層循環が起きなかったのは最も深い(今津沖第一湖盆という)一部だけだ」と話す。台風や強風で湖水が混ざることもあると期待を寄せる。

一方、石川教授は「観測の範囲を広げ、精度を上げるべきだ」と訴える。「(水深80メートル付近など)予想より広い水域で、被害が出ているかもしれない」。石川教授らが19年秋に調べると、酸素量が少ない水域が琵琶湖の北部と南部で広がっていた。

関係者が恐れるのは、酸欠の悪循環だ。

琵琶湖では、合成洗剤の普及や沿岸の開発などで周辺の川からリンや窒素が流れ込み、70年代に水質悪化が大きな問題になった。今回のように湖底の酸素が減ると、改善した水質の均衡が崩れる。泥や生物の排せつ物からリンやアンモニアなどが溶け出し、再び富栄養化の危機を招く。アオコも酸欠に手を貸し「魚介類が窒息死する」(中野教授)。

将来に向けて気がかりな情報がある。アフリカのマラウイ湖やタンガニーカ湖では湖水の循環が滞り、住民の貴重なたんぱく源である淡水魚が減ったとされる。

小さな湖であれば湖底に酸素を吹き込めるが、琵琶湖には通じない。琵琶湖は400万年前の誕生から独自の生態系を育んできた。いつも変わらぬ姿を見せてきた琵琶湖の異変は、私たちの未来に警鐘を鳴らしているのかもしれない。(草塩拓郎氏)

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