湖に浮かび沈む「幻の橋」、崩れるまでの今を撮る 美しいタウシュベツ川橋梁、15年の記録 岩崎量示

1年の半分は湖に沈む「幻の橋」。札幌から車で約4時間、北海道十勝地方の上士幌町にあるタウシュベツ川橋梁の写真を、2005年から撮り続けている。撮りためた写真は自費出版を含む4冊の写真集に加え、東京や札幌などで10回ほど開いた写真展で発信してきた。最近は写真の記録を補完し、橋の迫力を感じてもらうためドローン撮影に挑戦し、ユーチューブへの投稿も始めた。

タウシュベツはアイヌ語で「カバの木の多い川」を意味する。鉄道の廃止後、ダム建設でできた糠平湖に沈んだアーチ橋だ。ダムの水位が下がる1月ごろから例年夏前まで湖上に姿を見せ、冬は凍った湖の上を歩いて橋の下まで近づける。

写真展では「どこの国にあるの」と聞かれる。湖水と氷に浸食されながらも、夏は青空と新緑に囲まれる。冬は湖に張った厚い氷を持ち上げるようにたたずむ。不思議で雄大な美しさが遠い異国を感じさせるのだろう。

筆者が撮影したタウシュベツ川橋梁(北海道上士幌町)

筆者が撮影したタウシュベツ川橋梁(北海道上士幌町)

私が初めて上士幌町を訪れたのは02年。都内の大学を卒業後、ぬかびら源泉郷にあるユースホステルで夏の3カ月ほど住み込みでアルバイトをした。その後3年近く、お金をためては沖縄の離島や四国のお遍路など各地を旅した。北海道も原付きバイクで2周した。

それでも当地は忘れ難かった。夏と冬の寒暖差が60度近い四季の移ろいや広大な景色に魅せられていた。04年に再び同町へ。スキー場やレストランで働き、ついに翌年、26歳で出身地の埼玉県から住民票を移した。

住み始めてから、橋の存在が身近になった。当時から2~3年で崩れると言われており、学生時代に趣味で買った一眼レフで記録用に橋を写し始めた。美しく撮りたいと独学で写真を学ぶうち、地域の観光ポスターや雑誌などへの写真提供の仕事も舞い込み出す。橋の撮影にも一段と力が入り、毎日のように通った。

結婚を機に隣の士幌町に引っ越した今も週の半分は足を運ぶが、撮り方のこだわりは変わった。きれいな写真ではなく今風に言うと「盛らない」ようにする。見たままを撮るのが記録写真には重要と気づいたからだ。

もう一つ気をつけているのは、私の個性や気分が写り込まないようにすることだ。将来これらの写真を目にとめてくれるのは、橋が崩れてしまった後にその存在を知る人たち。崩れ去った後も「こんな場所があったのか」と知ってもらえるような写真を残したいという思いがある。

被写体が個性的だからこそ、私が何かを足したり引いたりすべきではないだろう。だから写真の中では記録者として黒子に徹する。

撮影には北海道らしいエピソードもつきものだ。ヒグマが車の目の前を横切っていったり、撮影中に大きな足跡を発見したり。ヒグマが活発に行動する日の出前、日没後の撮影は避けている。

4月からは、直近半年間の橋の写真を冊子にまとめ、クラウドファンディングで制作資金を募って販売を始めた。崩れていく過程をより細やかに残したいからだ。

崩れると言われて15年以上を経た今も、橋はそこにある。100メートル走と思って走り始めたらフルマラソンだったような気分だが、行く度に今日が最後かもしれないとの思いで撮っている。

先日は前触れもなく表面の一部がはがれていた。鉄筋がむき出しのところもそこかしこに。じわじわ崩れるかもしれないし、何かの拍子に一気に壊れるかもしれない。はかなさを秘めた美しい橋が最後の日を迎えるまで、撮り続ける。

(いわさき・りょうじ=写真家)

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