木場の角乗 水上で角材操る技を披露し半世紀 江戸伝統芸能の継承へ練習に励む 加藤元一

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水の上に浮かぶ角材を乗りこなし、逆立ちなどの技を披露する「木場の角乗(かくのり)」という伝統芸能がある。江戸時代、木材産業の中心地だった東京・木場で、水上での木材の輸送や流通に携わってきた「川並(かわなみ)」と呼ばれる職人集団の腕自慢として発達した。水上で技を披露すること半世紀。73歳の今も現役だ。

技は大きく分けて約10種類ある。基本は「地乗り」。長さ6メートルの「タメざお」と呼ぶ竹ざおを手に持ち、幅30センチメートル四方、長さ5メートルの角材の平面の上に乗り、足の裏で前や後ろに回転させながらバランスを保つ。さおを持つのは何かにつかまっていないと人は不安を感じるから。持たずに乗れるようになれば一人前だ。「地乗り3年」といわれように、自在に乗りこなすまでに3年はかかる。

次のステップは「駒げた乗り」。げたを履いて地乗りと同じことをするのだが、重心の位置が高くなるのと、げたの歯と歯の間で角材の角をかむように押さえ込んで回転させるので格段に難しくなる。他に傘を持って演技する「から傘乗り」、角材に立てたはしごの上で技を繰り出す「はしご乗り」などがある。

習得まで十数年かかる大技「三宝乗り」=江東区提供

習得まで十数年かかる大技「三宝乗り」=江東区提供

10~20年かけないと習得できない大技もある。お供え物を置く三宝を3つ重ねた上に乗り、高げたを履いて演技をする「三宝乗り」だ。あぐらをかく状態から三宝の上に立ち上がる「野中の一本杉」、三宝の上で片足を上げて扇子を前にかざす「義経の八そう飛び」など、細かな技に枝分かれする。

失敗すれば骨折などのけがの恐れのある技もあるし、人によって得手不得手もある。私もすべてをこなせるわけではないが、容易でない技を身につけたときの喜びは忘れられない。本番では、おはやしの演奏と口上に合わせて技を披露するため難易度はさらに上がる。歓声に交じってため息や悲鳴が観客から聞こえてくるのも、技の難しさが伝わるからだろう。

江戸から連綿と続いてきたこれらの技を伝え残そうと「木場角乗保存会」が設立されたのは1954年9月。川並だった祖父が2代目の会長だったことから、私も幼い頃から親しんだ。川並の職を得た後、本格的に関わろうと入会したのは20代半ばのことだった。

角乗りの歴史は木場の歴史でもある。1590年、徳川家康が江戸を本拠地に定め、江戸城本丸を築城するにあたり、三河や尾張などの材木商を木場に集めたのが木場の始まり。それから400年近くたち、木材加工業者が新木場に移転し終えたのは1982年のこと。旧木場跡地は都立木場公園に姿を変えた。

公園の中で唯一この歴史の名残をとどめるのがイベント池と呼ばれるプールだ。保存会の練習拠点であり披露の場でもある。会員は高校生や会社員ら約30人。毎年10月の第3日曜日に開かれる「江東区民まつり」での発表に向けて5月の大型連休明けから毎週日曜日に練習している。

川並という仕事が絶え、技の前提となる技術を職場で習得できなくなってずいぶんとたった。川並経験者は私と副会長の2人だけ。担い手を確保し技術を継承するのが最大の課題となっている。救われるのは、角乗を見て「私もしてみたい」と保存会の門をたたいてくれる有志がいることだ。

新型コロナの影響で今年は発表の中止が決まった。大勢の前で日ごろの成果を披露し、楽しんでもらうことに何よりもやりがいを感じていただけに残念だ。来年は披露できると信じて、会の仲間と共に練習に励んでいる。

(かとう・もとかず=木場角乗保存会会長)

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