平安時代の熊野詣で再現 古道にきらびやかな行列 「あげいん熊野詣」

あげいん熊野詣

和歌山県那智勝浦町で28日、平安時代の熊野詣でを再現するイベント「あげいん熊野詣」が行われた。参加した約170人がきらびやかな平安装束を身にまとって行列をなし、世界遺産熊野古道に花を添えた。

イベントは熊野詣でを重ねた後白河法皇の行列を再現するもので、神職を先頭に衛士、後白河法皇、赤色の衣装があでやかな女房と続いた。「大門坂」を出発した行列は約1時間半かけて熊野那智大社や、隣接する那智山青岸渡寺に参詣した。

参加した愛知県一宮市の主婦、西垣まさみさん(56)は「当時の衣装で熊野古道を歩けてよかった。木々の間から見える那智の滝がきれいだった」と話した。〔共同〕

熊野詣は浄土入り

「あげいん熊野詣」は、那智山で毎年行われるイベント。時代衣装をまとって行列をなし、熊野古道「大門坂」を歩き、熊野那智大社那智山青岸渡寺那智の滝を詣でて、いにしえの熊野詣を再現します。
 開催日時は10月の第4日曜日の午前10時〜12時。

平安時代後期以降の浄土信仰の広がりのもと、本宮の主神の家都美御子神阿弥陀如来新宮速玉神薬師如来、 那智の牟須美神は千手観音を本地(本体)とするとされ、本宮は西方極楽浄土、新宮は東方浄瑠璃浄土那智は南方補陀落(ふだらく)浄土の地であると考えられ、熊野全体が浄土の地であるとみなされるようになりました。
 中世の人々は、生きながら浄土に生まれ変わることを目指して、熊野詣の道を歩いたのです。

 熊野は辺境の山岳地帯にあるので道案内が必要とされ、その道案内を修験者(山伏)がつとめました。この道案内人を先達(せんだつ)と呼びましたが、先達は道案内だけでなく、道中の作法の指導も行いました。
 ただ歩いているだけでは浄土である熊野に入ることはできません。
 熊野は浄土の地であるので、熊野(=浄土)に入るには、いったん死ななければなりません(儀礼的な意味で)。したがって熊野詣は葬送の作法をもって行われました。

女性の装束の意味

行列のなかでいちばん華やかなのが壺装束(つぼしょうぞく:ヘルプ 平安時代から鎌倉時代にかけての公家や武家の女子の外出姿)の女性。

 彼女達は壺装束に、市女笠をかぶり、笠の縁に垂れ絹をたらして顔を隠しています。
 この垂れ絹のことを「むし」といいます。中世、熊野詣をする女性は、むしを垂らした市女笠をかぶり、顔を隠しました。

 女性の参詣者がかぶった市女笠は、伊勢では葬送の際に女性がかぶったもので、死門への旅とされた熊野詣にふさわしい葬送の作法に則った装束でした。
 むしを垂らして顔を隠したことについては、それで外界を遮断するということから、浄土に生まれ変わるために、娑婆世界への道を遮断するという意味が込められていました。

女性の熊野詣

 熊野を詣でる女性参詣者は自らを「いた」と名のりました。
 現在でもイタコという言葉がありますが、「イタ」とは巫女のことで、女性が熊野詣の道中「イタ」と名のることは、その女性が熊野権現に仕える巫女であることを意味します。

 熊野は山岳宗教の中心地のひとつでありながら、女性の参詣を禁じませんでした。禁じないどころか積極的に受け入れていました。熊野を詣でる女性はすべてみな等しく「いた」、熊野権現の巫女でした。
 熊野権現は、当時不浄とされていた女性の生理でさえ気にしませんでした。
 熊野は女性の参詣を広く受け入れました。これは特筆すべきことです。熊野ほどに女性の参詣を歓迎した社寺は他にありません。

 女性参詣者を「いた」と名のらせる。女性参詣者を熊野権現の巫女と名のらせる。そこには、女性の参詣を広く受け入れた熊野の自負のようなものが感じられます。
 熊野は、男であろうが女であろうが、老人であろうが若者であろうが、身分が高かろうが低かろうが、出家していようが在家であろうが、救いを求めてきた者に対しては、誰にでも手を差し伸べるのだと。
 熊野は、当時、忌み嫌われ、非人とされたハンセン病者をも受け入れました。熊野権現の御利益はあらゆる人々に無差別に施されるものだったのです。

 西行の歌。

み熊野のむなしきことはあらじかし むしたれいたの運ぶ歩みは

(『山家集』下 雑(百首) 1529)

神聖な熊野三山は、詣でて虚しいことはあるまいよ。むしを垂らしたイタの運ぶ足を見ているとそう思う。

あげいん熊野詣

 毎年10月の第4日に那智山で開催される「あげいん熊野詣」。
 ぜひ一度足をお運びくださいませ。

 また見学するだけでなく行列に参加することもできます。参加者の募集は毎年9月頃に行っています。参加申込及びお問い合わせは、那智勝浦町観光協会まで。定員になり次第締め切りになります。
 平成22年(2010年)10月24日に開催された第25回あげいん熊野詣では、女性80人(尼10名、女房70名)、男性10名(衛士)を募集しました。

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