農村は強力コンテンツ 元技術屋の確信 ぼくたちの地方創生(2)

栃木県北東部の那珂川町はアユ釣りの名所である那珂川など、豊かな自然が広がる。人口は約1万6000人で過去3年間に7%減り、3分の1が65歳以上と県内有数の勢いで人口減少が進む。鉄道が通らず観光で訪れる人も少ない過疎の町に7月、1泊2万8000円以上の部屋もある高級ホテルが開業した。すでにある資源を駆使して地域をもり立てようという仕掛け人は異色の経歴をたどってきた。

■江戸時代の屋敷を豪華ホテルに

町の中心商店街は時代に取り残されたような昭和の雰囲気が漂う。かつて栃木と茨城を結ぶ国道が走っていたが、2008年に町の南をバイパスが通ったこともあり、人も車も行き来は少ない。そんな一角にあった江戸時代の村役人の屋敷「飯塚家住宅」が6棟からなる豪華ホテル「飯塚邸」に生まれ変わった。

国の有形文化財である伝統建築の良さは残しつつ、ベッドやソファ、テーブルなど調度品は洋風とし、リビングや浴室のほか、キッチンも備えた。77平方メートルの「本宅」が1人1泊2万8000円から、蔵などを使った小さめの棟が1万8000円からと強気の料金設定だが、海外客が訪れ始めたという。

ホテルは隣の大田原市が出資する第三セクターの大田原ツーリズムが運営する。「インバウンド(訪日外国人)も意識し、長期滞在の宿泊客に『日本のライフスタイル』を提供する」。そう語る社長の藤井大介(44)は観光とは無縁の人生をたどってきた。

那珂川町の中心商店街とも集客で連携する

那珂川町の中心商店街とも集客で連携する

■夢破れ渡米、「いずれ地方」決意

5人兄弟のまん中に生まれた藤井は航空機の技術者が夢だった。経済的な事情もあり防衛大学校に進んだが、任官は「第3希望」の海上自衛隊。1年半で退官し、2000年にスーツケース1つで渡米した。現地で受験したテキサス大学オースティン校の大学院に入り、翌年から人工衛星の研究を始めた。

藤井の入学する15年ほど前、同校の学生寮で起業したのがマイケル・デル。後に巨大パソコンメーカーとなり、オースティンは「シリコンヒルズ」と呼ばれるハイテク産業の集積地に羽ばたいた。オースティンだけではない。西海岸ではスタンフォード大学などから生まれる起業家がシリコンバレーに集まり、産業構造を変えつつ発展していた。

アメリカは大学を起点に産業がおこり、地方が潤っている」。一方、海外から眺めると、地方で人が減り都市では子供が生まれない日本の将来が案じられた。「少子高齢化や過疎化など、日本の根本的な問題は地方の衰退に関連している」。藤井は決意した。「日本に帰ったら技術屋になる。でも、いずれ地方の活性化に携わる」

■予想外に早く挑戦の機会

「定年退職後にでも」と思っていた挑戦の機会は思ったより早くやってきた。

帰国後、藤井は川崎重工業で航空機の設計に従事するが、米国に比べて規模が小さくいまひとつやりがいを見いだせない。「日本が世界と戦えるのは自動車だ」とホンダ系の本田技術研究所に移るが、ここも自分なりのアイデアが理解されず5年半で退社する。

アメリカに戻るか」。迷ったが、日本に残る道を選んだ。組織を外れ、ものづくりを離れて思い出したのが米国での誓いだった。ホンダの研究所が栃木県に拠点を置いていた縁で、まず地域にとって重要な農業で貢献できることはないかと、畑違いの分野へ一歩踏み出した。中小企業診断士の資格を生かし、宇都宮市を拠点に09年から生産者や企業への経営支援を始めた。翌年には同市内に地産地消レストランも開いた。活動に目を付けた大田原市から11年夏、依頼が舞い込んだ。

■「こんな所に人は来ない」

グリーンツーリズムで市を活性化してほしい」。農業が盛んな同市では農家と連携した観光を探り始めていた。田舎の暮らしや風景、農作業体験などに潜在力を感じ始めていた藤井は、都会の人たちや外国人向けの農家民泊を中心とした滞在型観光を提案。12年に推進役の大田原ツーリズムが市などの出資で設立され、社長に就いた。

大田原ツーリズムが取り組むグリーンツーリズムは田植えなどの農業体験が売り物

大田原ツーリズムが取り組むグリーンツーリズムは田植えなどの農業体験が売り物

「こんな所に人が来るわけない」。農家の反応は冷ややかだった。「最初はぼろくそに言われました」。四面楚歌(そか)とも言える状況を打ち破ろうと、藤井は半年で約100回もの説明会や勉強会を地元向けに開き、効果を訴えた。

■協力農家は170軒に

協力してくれた農家には受け入れ後にすぐ謝礼を現金で渡すようにした。「対価があるから持続できる」。地域の人にありふれたものが価値を生むと実感してもらった。農家民泊は地元の人との触れ合いが最大の魅力で、商品力となる。大田原ツーリズムには「農家がお客」でもある。楽しんで宿泊客を受け入れてくれる関係づくりに心を配る。

協力する農家は当初の6軒から自治体を越えて大田原市那珂川町などの約170軒に広がり、18年度は5500泊近くを受け入れた。台湾からの教育旅行など海外客も増えている。協力する農家は「孫も(受け入れを)楽しみにしている」と顔をほころばせる。

■ホテル柱に個人客招く

飯塚邸の計画が持ち上がったのは4年ほど前。藤井の評判を聞いた屋敷の持ち主が活用を相談したのがきっかけだった。「ホテルなら人を呼べます」。物件を譲り受け、約1億円をかけて大規模改装した。

大田原ツーリズムの農家民泊は団体旅行が中心だが、ネット予約の普及もあって国内外で個人が宿泊先などを自分で手配する旅行が広がる。「個人旅行客を連れてこなければ地域のブランド化はできない」。飯塚邸をその中心に据え、農村観光に磨きをかける。

■人こそ最大のコンテンツ

宿泊以外の飲食や体験は町のほかの施設を利用してもらう。町ぐるみでもてなし、地域に溶け込んでもらって波及効果を生む。町内のレストランで地元産品を生かした特別メニューを提供するほか、農家との交流、ワナを仕掛けて食べるまでの「ジビエ一気通貫体験」、田園を駆け抜けるサイクリングなど、ありのままの地域を観光資源とし、様々なアクティビティーやサービスを用意する。

何より、それらを支える地元の人々が集客の重要な要素と考える。「ホテルはどこでもつくれるが、最大のコンテンツは人。町の人たちとの交流を生む仕掛けを作っていく」。際だった名所がなくても、楽しんでもらえる観光のモデルを築こうと地域と向き合う。

=敬称略、つづく

(松本萌氏)

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