コンビニない山村 スタートアップの聖地に ぼくたちの地方創生(3)

岡山県西粟倉村は兵庫・鳥取両県に接した県北東部の山あいにある。面積の95%が山林で林業が主力の過疎の村だ。そんなコンビニエンスストアもない人口1500人弱の小さな村がスタートアップの聖地と呼ばれるようになった。「西粟倉にはチャンスがある」。村の後押しもあって各地から起業を志す人々が続々と移り住む。

■30を超す起業、180人の雇用生む

村ではここ十数年で30を超える新会社や新たな事業が立ち上がり、年間の総売上高は約15億円。約180人の雇用が生まれた。その多くを手掛ける移住者は、いまや村の人口の1割を占めている。

百森(ひゃくもり)は東京都出身の中井照大郎(32)が小学校からの幼なじみを共同代表として森林管理業を手掛ける。手入れが行き届いてない村内のスギ・ヒノキの人工林について、間伐などの管理計画づくりを所有者から受託。林業会社や森林組合と連携し、原木の供給につなげる。森林資源を使いつつ守る手法を探る。「短期的な利益にとらわれず、持続可能性を求めて山主や地域に一番メリットのあるやり方で進める」

中井は学生時代にインドネシアに留学した際、天然ガスの収益が地元に還元されない実態を知った。卒業後は商社を経て再生可能エネルギー関連企業に勤めていたが、「身の回りにある日本の森林資源を活用して未来につながる取り組みをしたい」と17年4月に西粟倉に移住し、同年に会社を設立した。

■村がベンチャースクール

中井が西粟倉で事業を起こそうと考えたきっかけとなったのが、村が15年から開く「ローカルベンチャースクール」だ。ゆかりのない西粟倉へのIターンや、新たな挑戦をしてもらう足がかりとして事業プランを募り、選ばれれば3年にわたり村が専門家らの助言や活動費の支給など、手厚く支援する。

中井は森林整備をテーマに受講生を募集していた同スクールに16年に応募。4~5回の参加を経て移住を決めた。「『失敗してもいいからやってみよう』という役場職員の一言や人柄に触れて、一緒に仕事をしたら楽しそうだと思った」と理由を明かす。

村で30年近く産業関連の業務にかかわり、産業観光課長のほか「地方創生特任参事」の肩書も持つ起業家誘致の旗振り役、上山隆浩(59)は「移住や定住が結果的に増えればいいが、こだわっていては誰も来てくれない」と語り、移住希望者と村との関係づくりを優先する。西粟倉は踏み台でも構わない。そんな懐の深さが人を呼び込む。

村が思い切った起業支援にカジを切った背景には、ありきたりのことをしていては立ちゆかなくなるという危機感があった。

■合併拒み独自の道

合併を拒み「一勝負しなければならなかった」と語る西粟倉村村長の青木秀樹

合併を拒み「一勝負しなければならなかった」と語る西粟倉村村長の青木秀樹

村は平成の大合併が進む2004年、近隣自治体との合併を拒み、独自の道を選んだ。当時の村議会議長で現村長の青木秀樹(64)は「もう一勝負しないと合併するわけにはいかなかった」と振り返る。ただ、「ギブアップという状況ではなく、地域資源に潜在力はあるはずだと思っていた」。

村を変えたキーマンが牧大介(45)だ。地域総合整備財団(ふるさと財団)が派遣する地域再生マネージャーとして村に関わるようになり、森林資源の価値の最大化や木材の有効活用、1次産業の維持を提唱。2008年に村が策定した「百年の森林(もり)構想」につながった。放置され荒れていた村の面積の約85%を占める人工林をよみがえらせ、間伐材を製材や加工品にして収益を得て、再投資していこうというプランだ。

西粟倉・森の学校は間伐材の加工・製品販売を手掛ける

西粟倉・森の学校は間伐材の加工・製品販売を手掛ける

牧自身、2009年に間伐材の加工・製品販売に向けて西粟倉・森の学校を設立。廃工場を生かし、まず割り箸の製造に乗り出した。10年にIターンで入社し、製造業で培った生産管理の知識で牧を支えた副社長の門倉忍(61)は、牧を「何でも挑戦する、良い意味で乗りの軽い経営者」と評する。

■50歳過ぎからの新天地

50歳を過ぎて転身先を探っていた門倉はインターネットで同社を見つけた。「絶対にやらないようなことをやる無謀なベンチャーだが、関わるのは面白そう」と感じ、岡山空港からレンタカーで2時間かけて牧を訪ねた。自宅のある神奈川への帰路、早速「来てもらえますか」と口説かれた。

西粟倉・森の学校の副社長を務める門倉忍は第二の人生を求めて村に飛び込んだ

西粟倉・森の学校の副社長を務める門倉忍は第二の人生を求めて村に飛び込んだ

仕事も材料も人もなかったが、「牧の夢の実現へ形を作り上げていった」。床に張れば無垢(むく)材のフローリングになる「ユカハリ・タイル」は主力商品に育った。徐々に売り上げは上向き、2019年12月期は4億円近くを見込んでいる。

■地元経営者も刺激受け新事業

元気なのは、よそ者だけでない。地元で3代続く創業50年以上の土建会社、小松組を経営する小松隆人(39)は同世代の起業家たちが「良い刺激を与えてくれた」と語る。西粟倉で中学まで過ごし、家業を継ぐ意識はあったが、20代の頃は「疲弊しかけた村に戻って一生を終えるのか」との迷いもあった。

業種に似合わぬ黄色を基調にしたポップなデザインの名刺には「お家周りの困ったこと 何でもご相談ください」と記されている。後を継いだ15年から本業に加え、「地域のお困りごと解決事業」として、住宅のちょっとした修繕や空き家の管理を手掛け始めた。お年寄りの家の草刈りや墓の清掃にも応じる。「地域を守りたくなった」

■起業家予備軍に新たな支援

当初は、いきなり飛び込んできて何をしているのかわからないよそ者たちに「どこの馬の骨が」と冷めた見方をする村民も多かったという。10年余りが過ぎ、上山は「気が付いたら時流が追い付いてきた」と胸を張る。常にフロントランナーとして走り続けたことで多くの人や情報、お金が集まってきた。「役場の職員も同時多発的にいろいろな事業を起こすことができるようになった」

地元産のスギをふんだんに使った保育園。西粟倉村では公共施設で木材の活用を進める

地元産のスギをふんだんに使った保育園。西粟倉村では公共施設で木材の活用を進める

村では18年から、ローカルベンチャースクールの手前の創業ノウハウや事業モデルを持たない人に1年間、研究機会を与える「ローカルライフラボ」を立ち上げた。村には高校以上の教育機関がなく、地元の中学生へのキャリア教育を強化する構想も進む。

「日本を体に例えると西粟倉は小指の先ほど」と村長の青木は語るが、そんな小さな村から変革を起こすとの気骨ものぞかせる。

=敬称略、つづく

(沢沼哲哉氏)

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