よみがえる熱海 地元をその気にさせた男 ぼくたちの地方創生(1)

2014年に始まり、1期目の5年が過ぎた地方創生策。東京一極集中には歯止めがかからず道半ばだが、各地で意欲的なまちおこしの動きも広がってきた。Uターンや移住などをきっかけに地域から新たなうねりを生み出そうと先頭に立つ人々の姿を描く。

■宿泊客半減からV字回復

観光地として知名度は高いが、さびれていた静岡県熱海市が活気づいている。インバウンド(訪日外国人)のほか、若い女性を中心に個人客が増え、宿泊客数はここ数年300万人超とV字回復を遂げた。温泉街に変化をもたらし、新たな客層の呼び込みを引っ張るのが、まちづくり会社「machimori」の代表、市来広一郎(40)だ。

「熱海がどんどん衰退していく。何とかしないと」。自分では覚えていないが、市来は高校の同級生に度々語っていたという。

かつて熱海は新婚旅行先として人気が高く社員旅行も盛んだった。宿泊客数は1960年代半ばに年間約530万人に達した。両親が銀行の保養所の管理人だった市来にとって、幼いころの熱海はなお活気があった。

しかし、旅行スタイルの変化やバブル経済の崩壊などで客足は遠のき、ピークの半分近くとなっていた。閉鎖したホテルや更地も目立ち、「大手や外部の資本に頼るまちはもろいと感じた」。市来は揺れ動く地域を見つめつつ18歳まで過ごした。

進学で地元を離れ、東京都立大学大学院を修了後は外資コンサルティング会社に就職した。企業の働き方改革に関わった際、仕組みを変えれば行動が変わり、意識も変えられると感じた。愛着ある熱海に、自分のできることがあるのではないか。働きながら大前研一創設の政策学校でも学び、導き出したのが地域再生への挑戦だった。2007年、28歳で退社し、Uターンした。

■まず地元の人をファンに

地域の良さを地元の人にも再発見してもらおうと、路地裏巡りなど体験型交流ツアーを始めた

地域の良さを地元の人にも再発見してもらおうと、路地裏巡りなど体験型交流ツアーを始めた

「まちに閉塞感があった」。市来が戻ったのは地域の衰退が進むさなかだった。観光客がタクシー運転手にも旅館の従業員にも「熱海には何もない」と言われたと知り、ショックを受けた。地元の人々に話を聞くことから始めたが、誰もが熱海の魅力を語らず、熱海そのものを知らないことに驚いた。

後ろ向きな意識を変えようと、2009年に始めた体験型交流ツアー「熱海温泉玉手箱(オンたま)」などを相次ぎ仕掛け、「地元の人をまず熱海のファンにしようとした」。オンたまではレトロな喫茶店やスナックが残る路地裏巡りなど、地域ならではのプログラムを地元の人が企画して案内役も務め、地域の良さを再発見してもらった。

■4年かけ空き店舗オーナー説得

次に狙いを定めたのがシャッター通りとなっていた中心商店街の「熱海銀座」だった。11年に立ち上げたmachimoriを通じ、「まず点を打とう」と空きビルをリノベーションして翌年に自らカフェを開いた。「商売はこんなに大変なのかと思った」が、客の来ない日は人通りを一日中観察した。まちに目を凝らすと、若い移住者が増えているなど、小さな変化に気づくようになった。

熱海銀座商店街での空き店舗解消を進める

熱海銀座商店街での空き店舗解消を進める

熱海銀座の約30ある店舗のうち3分の1が空き家だった。活用には不動産所有者の意識を変え、関わってもらう必要があった。売りたい気持ちがあるのか、持ったままならどんな使い方が希望か、時間をかけ話を聞いた。2年以上コンタクトできなかったオーナーもいたが、ツテを頼りに連絡をとり続け会ってもらった。4年ほどかかって最後には「活性化のためになるなら」と了解を取り付けた。

■成功事例のコピーではダメ 

 

こうした物件などで新たなことに挑む担い手を招く実験場として、熱海銀座で手工芸品や産直野菜、飲食を扱う出店を集めるマルシェを始めた、ゲストハウスも15年に開業したのに続き、2019年11月にクラウドファンディングで募った資金により第2弾を開く。空き店舗は「1階部分はほとんど埋まった」。2階部分の空きスペースの活用も進める。

市来の用いた手法は「リノベーションまちづくり」と呼ばれ、全国で広がる。まちづくり団体が空き物件を改装して意欲ある事業者に提供し、にぎわいと雇用を生む仕組みだ。「僕のやって来たことは教科書通りで独創的なものはない」。一方で「成功事例の単なるコピーではなく、地域の現状や課題にマッチさせることが重要」と強調する。

■やってから謝る

「街の動きや訪れる人を観察して変化を見極め、フェーズ(段階)にあった仕掛けを打ってきた」。そう語る市来だが、順風ばかりではなかった。熱海銀座を歩行者天国としてマルシェを始めた際は、商店街の半分ほどから反対された。

説得に奔走したが、実際に示さないと理解してもらえないと「やってから謝る」戦略をとった。「受け入れられるまでやり続け、謝り続ける」。軌道に乗り始めると、商店主らの目の色が変わっていった。

■まだ何も変わっていない

熱海駅前の商店街も若い世代が目立ってきた

熱海駅前の商店街も若い世代が目立ってきた

熱海市内では19年春に東京ドームグループが「熱海後楽園ホテル」を複合リゾートとして改装開業し、20年夏にはプリンスホテルも駅前に新たにホテルを開く。収容能力は高まるが、市来は「宿泊者数の数字だけ見ていても現実を捉えられない」と言い切る。

こだわるべきは、どんな客層が訪れ、熱海に満足してファンになってくれるか。「300万人のうち旧来型の旅館に泊まって帰るという人が99%。まだ何も変わっていない」。今後もまちが変わり続けなければ、「満足度が下がったために観光客が遠のいた過去を繰り返すことになる」と危機感は強い。

■熱海を第3の居場所に

 

市来が熱海で目指すのは「クリエーティブな30代に選ばれるサードプレイス」。都会に暮らす人が自宅や勤め先とは別に多様な過ごし方のできる第3の居場所となれるよう、手軽に利用できる滞在拠点を街中に整え、感度の高い若い世代を誘う。

「これから熱海の観光客が増えようが減ろうが新しいことを起こす。僕らがやっているのはそんなチャレンジする人たちをどんどん生み出していくということ」。熱海の新たな理想像を追い続ける。

=敬称略、つづく

(安芸悟氏)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です