バスクの地方都市に学べ 美食で観光・農業活性化

「食」を通じた観光客誘致や農業振興を狙って、自治体がスペインのバスク地方に学ぶ動きが加速している。同地方のサンセバスチャンは「美食」で知られ、地域ブランドづくりの成功例とされる。農水産業の生産者や料理人、企業など様々な「プレーヤー」を巻き込む手法や、担い手となる人材育成に注力しているのが特徴だ。

三重県は11月上旬、料理のプロを目指す高校生と調理学校生の計3人をサンセバスチャンに初めて派遣する。「料理人交流事業」の一環だ。県は2018年にバスク自治州と産業連携の覚書を締結しており、経済交流を目的とした鈴木英敬知事の現地訪問に高校生らが同行し、食による地域の魅力づくりを肌で感じてもらう。この事業とは別に県は来春、産官学で「みえ食の人財育成プラットフォーム」を立ち上げる予定で、食を通じた地域振興を本格化する。

同県が注目するサンセバスチャンは大西洋沿いの地方都市だが、ここ10年ほどで「美食の都」として知られるようになった。原動力の1つが「食のオープンイノベーション」だ。慣習を覆し、調理の技を教え合う体制を整えた。町ぐるみで新しい料理を作り、稼ぐ仕組みを作った結果、人材が世界から集まりフランスの美食誌「ミシュラン」の星付き飲食店が増えている。

三重県内では市町や民間レベルでバスクとの交流が深まっている。リゾート施設「志摩地中海村」(志摩市)は今年、サンセバスチャンの一つ星レストランと業務提携。20年秋に開業予定の大型リゾート施設「アクアイグニス多気」(多気町)には三つ星レストランが出店する。

多気町は2年前、サンセバスチャン市と「美食を通じた友好の証(あかし)」に署名した。リゾート開発会社アクアイグニス(東京・中央)の立花哲也社長は三重県出身で、「伊勢志摩から新しいバスク料理を作る」と多気町の久保行央町長と共に青写真を描き、サンセバスチャンでノウハウを学んだ。

三重県の料理人交流事業と連携する奈良県も、食を軸とした地域おこしに乗り出している。県立「なら食と農の魅力創造国際大学校(NAFIC)」は、サンセバスチャンの料理専門大学「バスク・クリナリー・センター」と協定締結を準備中だ。22年には食を中心とした「ガストロノミーツーリズム」に関する国際会議の誘致を狙う。

NAFICは農業に詳しい食の担い手の育成を目指し、旧農業大学校に16年、料理学校の機能を加えた。構内には「オーベルジュ」と呼ばれる宿泊施設付きのレストランを併設、指定管理者として外食企業のひらまつが運営する。学生はレストランやホテルのマネジメントも実地で学べる。

今年7月には曽爾村の田園を見晴らす高台に1日1組限定の「森のオーベルジュ星咲(きらら)」が開業した。オーナーシェフの芝田秀人さん(40)はNAFICの卒業生。東京のホテルなどでソムリエとして働いていたが、調理や農業、経営を学び直し、地元での開業にこぎ着けた。

地元の食とワインを楽しみ、そのまま宿泊できるオーベルジュは欧州では一般的。芝田さんは店の前の畑で栽培した野菜や近隣からの差し入れなどを材料にメニューを考案する。糖度10度以上の「大和寒熟ほうれん草」など珍しい食材が魅力だ。県はこうしたオーベルジュを各地に増やし、観光客らに周遊してもらう計画も温める。

16年度から「サン・セバスチャン化計画」を進めているのは千葉県いすみ市。温暖な気候や自然に恵まれ、水揚げ量が全国トップ級の伊勢エビなど食材の豊富さを誇る。

同市では農業生産者や若手料理人らが「いすみ CLUB REDプロジェクト」を発足させ、農園や酒蔵など生産現場に足を運び、地元食材を使ったメニューの開発などに取り組む。今年2月には持ち帰りのメニューを新たに開発。地元メーカーも巻き込んで、土産に適したレトルト食品の開発も検討している。

市内の大原漁港では朝市の開催日を毎週日曜日に増やしたところ、漁業者と市外の飲食事業者の商談が成立するなど、取引先の拡大につながっている。市いすみ産品販売戦略班は「イベントの定着や料理人、生産者の意識が高まるなど効果が出てきた」と手応えを感じている。

■欧州で「食」は地域戦略

「食」をテーマとする観光は欧州で「ガストロノミーツーリズム」と呼ばれ、地域戦略として捉える動きが盛んだ。

ガストロノミーツーリズムは単に食べることだけでなく、地域の食材や食にまつわる歴史などを含む食文化に触れることを目的とする。

水産業や食関連産業など、地元に根づいた幅広いビジネスに効果が波及することから、持続可能な開発目標(SDGs)に合致するとして、国連世界観光機関UNWTO)が推進。日本の自治体がサンセバスチャンに注目する背景には、こうした動きが関係している。

今年5月にはUNWTOなどが日本のガストロノミーツーリズムについてリポートをまとめた。外国人客が日本を訪れる目的の1位が「日本食」であることなどを指摘するとともに、全国の自治体へのアンケート調査結果や誘客の取り組み例などを紹介する。

日本各地には古くから料理旅館があるが、多くの訪日客が食や土地の風土に興味を持って地方まで足を延ばしているとは言いがたい。大阪府立大学観光産業戦略研究所の尾家建生客員研究員によると、欧州では1990年代からガストロノミーツーリズムが研究されてきたという。

尾家氏は「欧州のケースを日本にそのまま応用するのは難しい」とした上で、「地域としての戦略をしっかり立て、日本食の体系の見直しやイノベーションといった観点も必要」と話している。

岡田直子、山本啓一、貴田岡祐子)

 

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